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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和55年(ワ)177号 判決 1982年2月19日

原告(反訴被告) 大阪特殊合金株式会社

被告(反訴原告) 庄本富士夫 外三名

主文

一  原告に対し、

被告庄本富士夫は別表(一)記載の原告発行の株券四八二〇株を、

被告多田茂は別表(二)記載の同株券二一〇株を、

被告豊島峰生は別表(三)記載の同株券一〇〇株を、

被告谷口博俊は別表(四)記載の同株券五八〇株を、

それぞれ引渡せ。

二  被告らの反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴、反訴とも被告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  原告

1 主文一項と同旨

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 1項につき仮執行宣言

二  被告ら

1 原告の本訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  被告ら

1 被告らがそれぞれ別表(一)ないし(四)記載の株式の所有権をその内訳のとおり有することを確認する。

2 原告は、被告庄本に対し金一七五六万五一五〇円、被告多田に対し金七六万五二八六円、被告豊島に対し金三六万四四二二円、被告谷口に対し金二一一万三六四八円及びこれらの金員に対する昭和五五年五月一七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 2項につき仮執行宣言。

二  原告

1 主文二項と同旨

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告は、特殊合金、鋳物等製造販売を営業目的とする株式会社であり、代表取締役宮脇健三の一族の出資により昭和三六年五月二四日設立された同族会社であつたが、同四五年に従業員の経営参加、企業利益分配、愛社精神の昂揚、従業員の福利厚生の増進等を目的としていわゆる従業員持株制度を実施した。

この制度は、原告発行の株式取得を従業員に限るものとし、従業員のうち希望者に対し額面価格で株式譲渡又は新株割当をするが、従業員が退職して身分を喪失した場合には、これを停止条件として原告に額面価格で株式を譲渡するというものである。そして、原告は右株式取得後、速やかにこれを他の従業員に対し額面価格で譲渡していた。

2 被告庄本は同三八年七月四日、被告多田は同五〇年一月二一日、被告豊島は同五一年三月二二日、被告谷口は同四七年五月二日、いずれも原告に雇用され、別表(一)ないし(四)のとおり原告の株式を取得して、株券を所持している。

3 被告らはいずれも右の原告の株式を取得する際、原告代表者宮脇から前記の従業員持株制度の趣旨の説明を受け、これを十分了解したうえ、そのつど原告との間で、被告らの従業員の身分喪失を条件として、右株式を原告に額面価格で譲渡する旨の停止条件付株式売買の合意をした。

4 被告庄本は同五三年四月二五日、被告多田及び被告谷口は同年五月一〇日、被告豊島は同月一五日、いずれも退職により原告の従業員たる身分を喪失した。

したがつて、前記合意に基づき被告らの取得した株式はいずれも原告の所有となつた。

5 よつて、原告は被告らに対し、株式の所有権に基づき別表(一)ないし(四)記載の各株券の引渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1のうち、原告の営業目的及び原告が同三六年五月二四日設立され、同四五年ころ従業員持株制度を実施したことは認めるが、その制度の趣旨、内容等は否認する。

2 同2は認める。

3 同3は否認する。

4 同4のうち、被告らが原告主張の日に退職したことは認めるが、その余は否認する。

三  被告らの主張

仮に、原告と被告らとの間で、原告主張の合意があつたとしても、右合意は商法二一〇条に違反し無効である。

同条は、会社財産の確保、投機防止等の理由に基づいて自己株式の取得を原則として禁止し、同条所定の四つの場合に限つてこれを例外的、制限的に認めているにすぎず、従業員持株制度維持のための自己株式の取得は許されない。

実質的にみても、原告主張の従業員持株制度においては、株式の時価が額面価格以下になつた場合でも、額面価格で自己株式を買取ることとなるが、これは会社資本の払戻しになるのであつて許されない。

また、原告主張の従業員所有の株式の譲渡制限は同法二〇四条一項の株式の自由譲渡の原則にも違反し無効である。

四  被告らの主張に対する原告の反論

原告の自己株式の取得は、額面価格で取得したのち、更に他の従業員に同額でこれを譲渡するまでの暫定的なものであつて、単に仲介的役割をしているにすぎず、もとより原告への株主名簿の書替えもせず、株式代金は原告の仮払勘定で清算しており、実質的に同条の趣旨に反しないものである。

そして、同法二〇四条一項は、譲渡当事者間の個々的債権契約の効力を否定するものではなく、本件合意は本件従業員持株制度の趣旨等からみて同条に違反するものではない。

(反訴)

一  請求原因

1 被告らはいずれも別表(一)ないし(四)のとおり原告の株式を取得した。

2 ところが、原告は被告庄本については同五三年四月二五日から、被告多田及び被告谷口については同年五月一〇日から、被告豊島については同月一五日から、被告らが所有する各株式の所有権は原告にあると主張して、被告らの株主権を争い、株券の引渡を求めている。

3 そして、原告は株主に対し、同五四年度(同五三年二月一日から同五四年一月三一日まで)及び同五五年度(同五四年二月一日から同五五年一月三一日まで)の利益配当金として各期につき一株当り金一〇〇円の配当をしたが、被告らに対しては次の利益配当金の支払をしない。

被告庄本 金九六万四〇〇〇円

被告多田 金四万二〇〇〇円

被告豊島 金二万円

被告谷口 金一一万六〇〇〇円

4 また、原告は同五五年五月一六日株主に対し、一株につき新株を一株割当てる倍額増資を行いながら、被告らに対しては新株発行の通知をせず、新株引受権行使の機会を与えなかつた。そのため、被告らは新株引受権を行使できず、よつて後記の算式によると少なくとも次の損害を被つた。

被告庄本 金一六六〇万一一五〇円

被告多田 金七二万三二八六円

被告豊島 金三四万四四二二円

被告谷口 金一九九万七六四八円

すなわち、右の金額は、同五三年一月三一日現在の原告の純資産額を当時の発行済株式数二〇万株で除した額に被告ら各所有株式数を乗じ、更にその額に三九万九八〇〇(増資後の発行済株式数)分の二〇万(増資前の発行済株式数)を乗じて算出したものであるが、算出方法につき他の時点、他の方法をとつても計出した損害額は右の金額を下らない。

5 よつて、被告らは原告に対し、本件各株式の所有権の確認を求め、かつ、株主権に基づき、同五四、五五年度の各利益配当金及び債務不履行による各損害金並びにこれらに対する遅滞後の同五五年五月一七日から各完済まで商事法定利率年六分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2は認める。

2 同4のうち、被告ら主張の日に増資をしたこと、被告らに新株発行の通知をしなかつたことは認め、その余は否認する。

三  抗弁

被告らが原告との間に有効に成立した合意に基づき、各退職と同時にその主張の各株式の所有権を失つたことは、本訴における原告の主張(第二の一及び四)のとおりである。

四  抗弁に対する認否

原告主張の合意が成立していないこと、仮に成立していてもその合意は無効であることは、本訴における被告らの主張(第二の二及び三)と同一である。

第三証拠<省略>

理由

第一本訴について

一  原告がその主張の営業を目的として昭和三六年五月二四日設立された会社であつて、同四五年ころいわゆる従業員持株制度を実施したこと、被告らがそれぞれ原告主張の日に雇用されて原告の従業員たる身分を取得し、別表(一)ないし(四)のとおり原告発行の株式を取得したのち、原告主張の日に退職して従業員の身分を喪失し、現在株券を所持していることは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第五号証、原告代表者尋問の結果により成立を認める甲第一ないし第四号証、第一〇ないし第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一六号証、原告代表者及び被告庄本富士夫本人の各尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は同三六年五月二四日資本金五〇〇万円発行済株式数一万株として設立され、当初は代表者宮脇健三の一族が全株式を所有していた。その後原告の業績が順調に発展し、経営規模も拡大したので、同四五年七月二〇日取締役会において、資本金を二〇〇〇万円に増資することとし、その際、原告の今後の一層の発展のために、従業員の経営参加意識を昂揚させること、企業利益を配当により従業員に還元すること等を目的として、いわゆる従業員持株制度を発足させることを決議した。

右決議にかかる従業員持株制度の内容は、宮脇一族の所有株式を従業員のうち希望者に譲渡すること、増資により新規に発行した株式を額面価格(一株金五〇〇円)で従業員のうち希望者に割当てもしくは譲渡すること、株主に対し年二割の利益配当をするように努力すること、従業員が株式の譲渡を希望する場合及び退職する場合は、原告がそれらの者の所有株式を額面価格で譲受けること、そして原告は更にこれを従業員のうち希望者に譲渡することというものであつた。なお、原告の定款には株式の譲渡には取締役の承認を要する旨の定めがある。

2  そして、原告代表者宮脇は、経理担当取締役を通じ、あるいは直接従業員に対して右の従業員持株制度の趣旨内容を説明し、これを周知徹底させ、また、株式取得の資金とするために特別賞与を支給したため、二、三名を除くその余の全従業員が原告の株式取得を希望し、同四五年九月原告から新株の割当を受けた。

3  被告庄本は、従業員持株制度発足当時、総務課長の地位にあつて右制度の趣旨内容を十分に了解していた。そして、原告から六〇〇株を取得したのを初めとして別表(一)のとおり原告発行の株式を取得した。

4  右制度発足後、同五五年三月二二日に至るまで株式を取得した従業員のうち合計三七名が退職したが、被告ら四名を除くその余の従業員はすべて退職と同時にそれぞれ所有する株式を額面価格で原告に譲渡し、原告はこれを更に従業員のうち希望者に同額で譲渡している。

原告代表者宮脇は、新株発行のつど、あるいは退職した従業員から取得した株式を更に譲渡するつど、前記の趣旨を繰り返し述べて、株式の取得希望者を募つた。

5  被告多田は同五〇年一月二一日、被告豊島は同五一年三月二二日、被告谷口は同四七年五月二日、いずれも従業員持株制度の発足後に原告の従業員となつたが、右の制度の趣旨の説明を受け、運用の実態を十分知りかつ了解したうえで原告から株式を別表(二)ないし(四)のとおり取得した。

6  このようにして、原告は従業員を含む株主に対し年二割ないし五割の配当をしてきた。

以上の事実が認められ、被告庄本富士夫本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲その余の各証拠に照らしたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、被告らはいずれも本件各株式を取得したつど、原告との間において、被告らの従業員の身分喪失を停止条件としてこれを原告に額面価格で譲渡する旨の黙示的な売買契約を締結したものと認めることができる。

三  ところで、被告らは右の契約は商法二一〇条に違反し無効であると主張する。

しかしながら、同条の主な立法趣旨が会社の財産の安全確保にあることに鑑みると、同条によつて保護されるべき者は会社、会社債権者、一般株主等であつて、譲渡人ではないから、同条による無効の主張は、譲渡人を保護すべき特段の事情がない限り会社側にのみ認められ、譲渡人からこれを主張することは許されないものと解するのが相当である。

そして、右のとおり解しても、譲渡人は当初の契約どおりに株式を譲渡することによつて自己の望む結果を得られなんら不利益を被らないのであつて、この場合保護されるべき会社側が当該契約の無効を望まないにもかかわらず、保護の対象となつていない譲渡人の利益のために無効を認めるべき合理的な理由を見出すことはできない。

本件においても、譲渡人たる被告らを保護すべき特段の事情は認められないから、原告自ら効力を認める右契約について、被告らが同条違反による無効を主張することは許されないものというべきである。

次に、被告らは、右の契約は商法二〇四条一項に違反し無効であると主張する。

しかしながら、右規定は会社が株主との間で個々に締結する債権契約の効力について直接規定するものではなく、また、これを実質的にみても、前記認定の原告の従業員持株制度の目的、内容及びその利益配当の実績等からすると、右契約は株主の投下資本の回収を不当に妨げるものとはいえないから、右契約が商法二〇四条一項に違反するものとはいえず、右契約による株式譲渡が無効とされるべき理由はない。

そうすると、原告と被告らとの間の右契約にしたがつて、被告ら所有の各株式はいずれも被告らの退職と同時に原告に譲渡されたことになるので、右株式の所有権に基づいて被告らに対し本件株券の引渡を求める原告の本訴請求は理由がある。

第二反訴について

一  被告らがいずれもその主張にかかる原告の株式を取得したことは、当事者間に争いがない。

被告らは株主株の存在を前提として株式の所有権の確認、利益配当金、損害金の請求をしているが、本訴において既に認定したとおり、被告らは退職によりその株式の所有権を喪失しているから、原告の抗弁は理由があり、被告らの反訴請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求はいずれも正当としてこれを認容し、被告らの反訴請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川敏男 上原理子 永松健幹)

別表(一)ないし(四)<省略>

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